二つの塔 google:二つの塔 戸棚

昨晩から有楽町マリオン指輪物語の2作目、「二つの塔」を観る。
もちろん朝まで3回観賞する方向で。
前作の旅の仲間もそうだったが、相変わらず情報量がすさまじい多さで、恐らく劇場版の編集段階で無理に端折られた所の違和感もあって初回はただとりあえず頭に入れただけという感じ。
2周目になると、前後の話の流れがあらかじめ頭に入っているのでようやく落ち着いて映画として楽しむことができた、という感じ。
まあ、あれだけ長い物語を所要時間内でできるかぎり再現しようとしているのだ。そりゃ混乱するよな。
私のような原作既読者でもそうなんだから、未読者はいったいどういう感じで観たんだろうか。ちゃんとついていけてるのか。

3回目になると、こんどは自分の中のツッコミ属性が起動してきて、もうオークの聖火ランナーやら、水戸黄門やら、(観た人はわかるはず)エオメルは実はヘルム一体型ヅラで部下ともども脱いだら全員ハゲとか、いろんな妄想が。あと馬面の人とか。

とにかく何回観ても楽しめそうなので、もう一回くらいはオールナイトにいくかもしれません。
その後に出るSEE版が一番楽しみなんですが。



家に朝帰って来て、とりあえず寝て、起きたら近所のモスバーガーで昼食とも晩飯ともつかぬ飯を食うついでに、新聞を久し振りに読む。
見ると、昨日渋谷で反戦デモがあったらしい。
娯楽以外の世事に全く疎いので全く知りませんでした。渋谷で働いてるのに。
少し良心(のようなもの)が痛む。
誰の為になる事が、良い事で、悪い事なのかは、僕にはわからない。
戦争で人が沢山死んでも僕の周りのごく親しい人さえ死ななければ、本当の意味で悲しくはならない。
悲しく感じても、それは単なる映画を観たのと同じ、ただの感情移入だから。
寧ろ、沢山人が死ねば他の生き物の為には良い事かもしれないし、
そもそも地球環境なんて本当はどうでもいい事なのかもしれない。
すべて流転していくのが自然な事だ。僕だけ良ければいい。
それでも、デモに参加したかったなあと思うのは、単なる群集心理みたいな働きと、少しだけ残っている他人への執着みたいなものなんだろうか、と分析してみる。
間違っても満面の笑みをうかべて「地球に平和を!」とか出来ません。

でもまあ、この際あまり大義は重要じゃないだろう。
僕の意思と関係ない所で、人が沢山死んで、
その上にこの生活があると考えるのはあまり気持ちのいい事ではない。

ああだがしかし! 動物や植物、はては細菌から何から犠牲にしてなんぼの生命体故、気持がいい事ではない、と思うのは単なる人にいい顔見せたい類の偽善かもしれない。

戦争があると、桶屋理論で僕の経済が不安定になる可能性があるからやめてほしい、という事で。←結論